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消灯時間になり、看護婦さんの見回りもひと段落したところで、アキラの治療は始められた。

静かすぎる夜の病室で、治療は困難を極めた。
口に指をつっこみ、必死に声をガマンするのはアキラの役目だった。
「ちょっとだけなら声を出してもいいよ」といつも言ってくれるけど、けっきょく大きい声になってしまうのでこうやって口をふさぐ必要があった。

それでも治療は刺激的すぎた。この年で、そんな自分の感情を押し込めることなんてできない。
とうぜん、こんなことをされたのも先生が初めてだ。


「先生っ……ん、すごい、よ……」

ゆっくり腰を打ちつけられながら、涙声でそう告げるとアキラの中により一層性器がめり込んだ。
声をあげる前にキスで口をふさがれる。熱い舌が口腔内を犯していった。

「ふぁ、ん……きもちいー……」

キスしてるときが一番幸せだった。
なんでキスするのかって聞くたびに、先生は内分泌がどうとか言って難しい言葉で説明してくるので頭がこんがらがる。もう聞くのはやめた。

体の奥に先生のがあたって気持ちいい。
先生はアキラの小さな男性器をなでながらつぶやいた。
「アキラの中に溜まったばいきん……出しちゃおうか」
「は、はい……」
ばいきんを出すのは気持ちよかった。だから体にいいんだとは思う。でも、そこからばいきんが出るのを見られるのはやっぱり恥ずかしい。
特に夜は、先生がいつも以上に仕事熱心だから緊張してしまうのだ。

夜の先生は、体のすみずみまで観察していた。
そしてばいきんが出そうになるといつも、アキラは先生のクスリが強烈に欲しくなる。
まあ、それがアキラの病気を治す特効薬らしい。

「せんせ……先生のクスリも、ちゃんと……」

「わかってるよ……たっぷり中に注射してあげるからね」

「うんっ……」

先生も動きが早くなった。
ばいきんを出したときと、注射されるときが重なるとアキラにはもっとも心地いい時間が訪れるのだ。だから、頭がクラクラしても、体を自力で動かせなくなっても、そこだけは力を入れて我慢した。
「やぁ、んっ……早く、注射ぁ……変になっちゃ……」


メガネが落ちて、アキラのおでこにあたってベッドの下へ落ちた。
悲しそうな顔の先生が見えた。ほんの一瞬だけ見せるその表情がなにを意味してるのかなんてわからない。
アキラは先生の唇を奪った。先生の悲しい顔を見たくなかったから、キスでごまかした。
「イクよ……口、ふさぐね」

「んっ……ふぁ、んんんんーっ!」


大きな声を出す代わりに先生の指をきつくかんだ。
ドクドクと、なかに熱いモノが放たれている。少し時間をかけて、ゆっくりと。


「あっ……はあっ……はあ……」
大きく息を切らした先生の指は血の味がした。
アキラはあわてて起き上がり、自分がかみついた場所に舌をはわせる。
「ごめんなさい、先生……」
「いいよ……僕があんなことしたのが悪いんだ」
「でも……血が出てる」
「アキラは……痛く、なかった?」
「え?うーんと……最初のほうは、痛かったけど。いまは全然」


初めて治療を受けたとき、アキラは泣いてしまった。
先生はそんなアキラを見て途中でやめようとしたがアキラは続けることを望んだ。その結果、いまはこうして平気でいられるのだろう。

アキラが笑うと先生も一緒になって笑ってくれるのだが、今日は違っていた。なにか言いたそうな表情をしてアキラを抱きしめた。
「どうしたの?」
「アキラはかわいいなあって……思っただけだよ」
「かわいいって言われるのやだな。僕、男だよ」
「あはは、ごめんごめん」

やっと笑ってくれた。ひょっとして先生も、退院のことあんまりよく思ってないのかも。
だとしたら、すごく嬉しい。





何日か経って、大和がお見舞いに来てくれた。
「もうすぐ退院なんだって?」
大和は嬉しそうにそう言った。ランドセルの側面には、サッカーボールがぶら下げられていた。
アキラの退院を一番喜んでいるのは彼かもしれない。
「退院したらすぐ遊べるの?」
「うーん……うちにいなさいって言われるかも」
「そっかあ……俺、アキラとサッカーするのすっげー楽しみにしてるんだ」
大和はそう言って、ランドセルをひざにおきながらサッカーボールを蹴っていた。彼は運動するのが好きで、そのせいか足にはところどころすりむいたような傷がある。
アキラはそういうのがないからうらやましい。

物心ついたときから、ケガするまで遊ぶことができなくなっていた。
キズひとつない自分の足が、女の子みたいで嫌だった。

「どうしたの?元気ないよ」
「え?」
アキラは顔を上げた。
「僕も早く外で遊びたいなあって」
「もうすぐ遊べるようになるよ」
「そうだけど……」
けど、のあとの言葉を飲み込んだ。大和は首をかしげる。
「退院、したくないの?」
「……そんなことないけど」
「あの先生のこと、そんなに好きなの?」
「えっ?」
アキラは目を丸くした。大和はいじけたように、またサッカーボールを蹴り始める。
「だってさー、いつも先生にくっついてるじゃん」
「先生はいい人だよ……優しいもん」

アキラは、二週間くらい前に大和がこっそりHな本を持ってきたのを思い出した。
どうやら高校生のお兄ちゃんの部屋から持ち出してきたらしい。
そこには男の人と女の人の裸が写っていた。


そのときだ、先生の治療がいったいなんなのか知ってしまったのは。

先生は自分の体を心配して治療してくれたのではなく、セックスがしたくて自分を抱いたのだと、そのとき漠然と感じた。

だから先生が秘密にしたがるわけもなんとなく理解できた。子どもにやっちゃいけないことだからだ。
本当にいい人ならそんなことはしないかもしれない。

でも先生のことは大好きだったし、治療の意味を聞いたらもうしてくれなくなる気がしたのでアキラは気づいてないフリをするしかなかった。


「もしかして、先生に退院引き止められてたりして」
「そんなわけないじゃん!だって、先生なんだからそんなことしたらお父さんが怒っちゃうよ」
「アキラの父ちゃん、怒ったら怖いもんなー……」

「怒ってるときのお父さん」は、このころのアキラが一番恐れている存在なのだった。
どんなに悪い展開を考えても、最悪の結末は「怒ってるときのお父さん」どまりである。
子どもが考える最悪の事態なんてそんなものだ。

「そんで、いつ退院するんだよ」
「二、三日してからだって」
「じゃあ、日曜にアキラんち行ってもいい?日曜には家にいるんだよな」
「いいよ。ゲームの続き、一緒にやろうよ」

そう言って笑いながらも、アキラの目はカレンダーに釘付けだった。

今日は水曜日。退院する日は、すぐそこまで迫ってきていた。

日曜日の赤い数字は、妙に明るくてチカチカ光っていた。



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